Snow Soul Records

最近Youtubeネタのサルベージばかり。

夏休みの読み物 『442』

2007.08.10

category : 未分類

1944年10月24日、アメリカ軍第34師団141連隊第一大隊(通称:テキサス大隊)が、ボージュの森でドイツ軍に包囲されていた。大隊は絶体絶命の危機にさらされており、軍部の中でも『失われた大隊(Lost battalion)』と言われつつあった。命運尽きたかと思われたテキサス大隊だが、翌10月25日、状況が変わる。包囲するドイツ軍が、テキサス大隊とは別の軍隊と激しい戦闘を始めたのだ。激烈を極める戦闘の中から『バンザイ!』という雄たけびを、塹壕を包囲され、身動きが取れないテキサス大隊の兵は何度も耳にした。


彼らを救出にやって来たのは、ルーズベルト大統領から直接命令を下された『第422連隊戦闘団』。後に、第二次世界大戦中、最も多くの勲章を受けた優秀な戦闘集団として名を馳せた部隊である。


そして彼らは全員、日本人。


正確に言えば442連隊は強制収容所に入れられた日系人で編成した部隊であった。実は442連隊が編成された背景は、非常に政治的なものであった。当時の日本が、“白人支配の打倒”を謳い、在米邦人の強制集所送りを“横暴の実例”であるとしたため、それを覆すべくアメリカに忠誠を尽す日系人というイメージを作る必要に迫られたためである。ただ、それ以上に、軍事訓練において日系人部隊が非常に優秀な成績を収めていたため、ただのプロパガンダでは終わらなかったのであった。彼らは人種差別と戦いながら、転戦する度に戦闘能力を高め、後にドイツ軍から『バンザイ突撃』と恐れられた捨身の突撃法で戦果と名声を上げていったのである。


このボーシュの森の戦闘は、後に陸軍十大戦闘に選ばれていることからもわかるように、熾烈を極めるものであった。部隊の死傷率314%という数字もその激しさを物語っている。しかし、一進一退を繰り返しながらついに、テキサス大隊が立て篭もる塹壕に442連隊が到達した。テキサス大隊を包囲するドイツ軍はついに撤退したのだ。塹壕の中からアメリカ兵は飛び出し、救出にきた442連隊の兵と抱き合いながら感謝の言葉を口にする。しかしその時、あるテキサス大隊の兵がこう吐き捨てた。『なんだ、ジャップか・・・』442連隊のある兵がそれに対しこう言った。『俺たちはアメリカ陸軍の兵だ!言い直せ!』


442連隊は、211人のテキサス大隊の兵を救うため800名の死傷者を出していた。その後、ある将軍の閲兵の際に、整列した442連隊を見て『全員参加させろと言ったはずだ!』といった。それに対し連隊長はこう言った。『これで全員です。』2800人ほどいた442連隊の兵は、激しい戦闘を繰り返すうちに1400名まで減っていたのである。


この442連隊が、アメリカでもっとも多くの勲章を受けた部隊として有名であることは先ほども書いたが、そのうちアメリカ軍の中で最も栄誉ある章である“議会栄誉章”を与えられたサダオ・ムネモリ上等兵の受勲理由は、友軍を守るため、敵兵から投げ込まれた手榴弾の上に自らの体を被せ、戦死したというものであった。


彼らが積み上げた栄誉の数々は、のちの公民権運動の中で、日系人の地位に大きな影響を与えることになってゆくのである。


SoldierandMom.gif


写真はイチゴ農家で働く母の生活を助けるために志願兵となったカリフォルニアの日系人。



僕はセイビング・プライベート・ライアンより、このお話の方が心動かされるのですが、まぁ、アメリカ資本ユダヤ資本のハリウッドでは絶対無理でしょうな。


終戦日を前に、夏休みらしい読み物ということで。

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